山口地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1961年4月17日
原告 石田清
被告 山口県知事
被告補助参加人 田中清 外一名
主文
被告知事が原告に対し昭和三十四年三月三十一日指令農地第十四号をもつて別紙目録表示A、B、C、Dの各農地についてなした賃貸借解除を許可しない旨の処分はこれを取消す。
訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし原告と補助参加人等との間に生じた分は補助参加人等の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一項同旨および訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、原告所有にかゝる、別紙目録表示Aの農地(以下A農地と称する。)を補助参加人田中清に、同目録表示Bの農地(以下B農地と称する。)を補助参加人田中保雄に、同目録表示Cの農地(以下C農地と称する。)を訴外田中淳一に、同目録表示Dの農地(以下D農地と称する。)を訴外藤田良雄に、それぞれ賃貸(以下本件各賃貸借と称する。)し、右補助参加人等および右訴外人等(以下本件各賃借人と称する。)において、それぞれ、右各農地を耕作している。
二、原告は被告知事に対し、A農地については昭和三十三年十二月二日に、B、C、D各農地については同月十七日に、それぞれ農地賃貸借解除の許可申請(以下本件申請と称する。)をしたところ、被告知事は、昭和三十四年三月三十一日付指令第十四号をもつて、A、B、C、D各農地(以下本件各農地と称する。)に対する右賃貸借の解除を許可しない旨の処分(以下本件不許可処分と称する。)をなし、右指令書四通はその頃原告に送付された。
三、しかしながら、本件不許可処分は、次の事由によつて違法であるから、これが取消を求める。
(一) 本件不許可処分には客観的にみて首肯するに足りる具体的理由の記載を欠く違法がある。すなわち、原告は本件申請の事由として、本件各賃借人について信義に反した行為があること、および本件各農地を農地以外のものにすることを相当とする事由があることを挙げ、その事由について具体的根拠を明示したにも拘らず、被告知事は本件不許可処分の理由として、単に、農地法第二十条第二項の各号に該当しない、というにとゞまりなぜに、本件申請事由が、同法条の各号にあたらないかを明らかにしていないのである。尤も、被告知事は本件不許可処分後約三ケ月を経過した昭和三十四年六月二十二日付農地第八百三十六号で、本件不許可処分の理由を原告に通知しているが、このような理由の告知は違法であり、理由不備の瑕疵を補正する効力のないものである。
(二) 本件各賃借人について、次のような、信義に反した行為があるにも拘らず、これがないものと認定してなされた本件不許可処分は、違法である。
(1) 本件各賃借人は小作料を延滞している。
(A) 被告知事は原告から、昭和二十三年三月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と称する。)にもとづいて、本件各農地を買収し、これを本件各賃借人にそれぞれ売渡した。ところが、その後被告知事は、昭和二十六年十月二日右買収および売渡処分を取消したので、原告は本件各農地の所有権したがつてまた賃貸人たる地位を回復し、本件各賃借人に対し、右買収期間中の小作料請求権を有することになつたが、被告知事が次の買収処分をしたので、これを請求する機会はなかつた。すなわち被告知事は、前記買収および売渡処分取消の後、昭和二十六年十一月一日付をもつて、再び、本件各農地を買収し、これを本件各賃借人にそれぞれ売渡した。ところがその後、昭和三十一年三月一日に言渡された原被告間の山口地方裁判所昭和二十七年(行)第八号訴願裁決取消請求事件の原告勝訴判決があり、右判決にもとづいて被告知事は、昭和三十一年五月二十日農地第七百九十九号をもつて、前記再度の買収および売渡処分を取消した。こゝにおいて、原告は本件各農地の所有権したがつてまた賃貸人たる地位を回復することができたので、本件各賃借人に対し、右買収期間中の小作料請求権を有することになつたわけである。
(B) そこで、原告は本件各賃借人に対し、前記買収期間たる昭和二十三年から同三十一年までの間の小作料を請求したところ、同人等は原告の本件各農地に対する所有権を争つて、これに応じなかつた。そこでやむなく、原告は本件各賃借人を被告として、山口地方裁判所に本件各農地所有権確認等請求訴訟を提起し、原告勝訴の確定判決を得た。そして、下松農業委員会において、本件各農地の相当賃料を確めた上、昭和二十五年から昭和三十二年までの八年間の小作料を別表第一掲記のとおり算定した。そこで、本件各賃借人に対し、内容証明郵便を以てそれぞれ別表第二(A)欄表示の日時において、同表(B)欄表示の金額を、同表(C)欄表示の期限までにあるいは至急に支払うよう催告すると共に右催告に応じないでもし指定の日時あるいは至急に支払わないときは、本件各賃貸借は当然に解除されたものとする旨の催告並に条件付契約解除の意思表示をなし、(以下本件催告と称する)該郵便物は其の頃本件各賃借人に到達した。
しかるに、本件各賃借人は、催告の日から二週間以上(支払期限を指示したものについてはその期限を)経過したにも拘らず、本件催告にかかる金員すなわち延滞小作料を支払わなかつた。その後、本件各賃借人は別表第二(D)欄表示の日時になつて、同表(E)欄表示の金員を支払つたに過ぎない。
以上の次第で、本件各賃貸借は、いづれも前示条件の成就により、被告知事の許可を条件として解除(以下本件解除と称する。)されたものである。
(2) 本件各賃借人は、原告の本件各農地に対する所有権を否認したことは前記の如くであるが、これが登記手続にも協力しなかつた。すなわち、本件各賃借人は、被告知事が昭和三十一年五月二十日付をもつて、本件各農地に対する農地買収および売渡処分を取消したため、本件各農地に対する所有権が原告に復帰したにも拘らず、これを否認し、原告への所有権移転登記手続に協力しなかつた。そこで、原告は止むを得ず、本件各賃借人を相手として、山口地方裁判所に対し、昭和三十一年(ワ)第百九号農地所有権確認ならびに農地所有権取得登記抹消の訴を提起し、昭和三十一年九月二十日原告勝訴の確定判決を得て、漸く右登記手続を完了することができた次第である。
(三) 本件各農地について、次のとおり、これを農地以外のものにすることを相当とする事由があるにも拘らず、これがないものとした本件不許可処分は、法規裁量を誤つた違法がある。
(1) 本件各農地が、自創法第五条第五号に該当する農地、すなわち、近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であることについては、原被告間における山口地方裁判所昭和二十七年(行)第八号訴願裁決取消請求事件につき、昭和三十一年三月一日に言渡された原告勝訴の確定判決で明らかである。
(2) さらに、被告知事は、右確定判決にもとづいて、昭和三十一年五月二十日昭和三十一年農地第七百九十九号をもつて、本件各農地に対する、農地買収ならびに売渡処分を取消している。
(3) 本件各農地について、被告知事は、昭和三十三年六月三十日付、同年九月二十四日付および同年十月二十三日付をもつて、農地法第七条第一項第三号の指定(以下農地法第七条の指定と称する。)を行つた。すなわち、被告知事は、本件各農地を近く農地以外のものとすることを相当と認め、省令の定める手続に従つて指定したものである。
(4) 本件各農地は、その現状にてらしても、近く農地以外のものとすることを相当とする農地である。すなわち、本件各農地は、下松市都市計画における商業地域あるいは準工業地域内にあり、本件各農地を中心とした半径半粁の圏内には、下松駅、下松郵便局、下松電信電話局、下松商工会議所、日本専売公社下松工場その他多数の工場があり、さらに、附近には下松市目貫の繁華街である元町および本町があり商店、事務所、住宅等が密集している。
四、なお、原告は本件不許可処分に対し、昭和三十四年五月二十日被告知事を経由して農林大臣に訴願を提起したが、訴願受理後三ケ月を経過したが、未だこれに対する裁決がない。よつて、訴願の裁決を経ないで本訴を提起した次第である。
(証拠省略)
被告知事指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その答弁として、次のとおり述べた。
一、原告主張の請求原因事実のうち、第一、二および第四項の各事実、第三項(一)の事実中本件申請事由の記載および本件不許可処分理由の記載が原告主張のとおりであること。ならびにその主張のとおり、被告知事が本件不許可処分理由を追加補充したこと。同項(二)、(1)、(A)の事実および同(B)の事実中、原告がその主張の日時において、本件催告をなし其の頃該催告書が本件各賃借人に到達したこと。および、これに応じて、本件各賃借人が原告主張の日時、その主張の金額を支払つたこと。同項(二)、(2)の事実中、被告知事が本件各農地に対する買収および売渡処分を取消したこと。および、原告が裁判手続を経た上登記手続を行つたこと。同項(三)のうち(1)、(2)および(3)の各事実。をそれぞれ認め、その余の事実は否認する。
二、本件不許可処分には、原告の主張するような違法はない。すなわち、
(一) 本件不許可処分には、理由を明らかにしてある。行政庁が行政処分をするときには、根基法令に照合してその適否を判断するものであるから、その根基法令と該当条項を明記して、そのいづれにも該当しないから許可しないとした、本件不許可処分には、明らかに理由が明記してある。かりに、詳細な理由をつける必要があるとしても、被告知事は、昭和三十四年六月二十二日付農地第八百三十六号をもつて、本件不許可処分の理由を追加補充し、これをその頃原告に送付してあるから、理由を記載しなかつた瑕疵は治癒している。
(二) 本件各賃借人について信義に反した行為はない。
(1) 本件各賃借人が小作料を延滞していることについて。
本件各農地に対する小作料は、昭和二十三年三月二日以後当事者間において、改訂する合意がなかつたので、同日以前における法定小作料の額によることになる。したがつて、本件各賃貸借における小作料年額は、別表第三(A)欄表示のとおりであり、その八年分の小作料総額は同表(B)欄表示のとおりとなる。しかるに、原告は本件各賃借人に対し、原告独自の計算にもとづく同表(C)欄表示の金額を請求しているが、これは明らかに法定小作料を超えた違法な請求であるから、本件解除はその効果を生じないものである。
本件各賃借人は、昭和二十三年以来、本件各農地に対する農地買収および売渡処分が取消された昭和三十一年までの間、自己が所有者であるとして、本件各農地をそれぞれ耕作して来たのであり、公租公課等の立替金の調査に日時を要したこと、原告請求の小作料の額に疑念を持つたこと、さらにその金額が多大であつたこと等の諸事情を考えれば、本件各賃借人が原告の催告してきた支払期限までに、その小作料を支払わなかつたとしても、これもつて、不信行為ありとして、本件各賃貸借の解除をすることは相当ではない。まして、本件各賃借人は原告に対し、その請求金額から公租公課等の立替金を差引いた残額を、請求をうけた日から十五日ないし十九日以内に、支払つており、本件不許可処分当時においては延滞はないのであるから、延滞について宥恕すべき事由があるものというべきである。
(2) 本件各賃借人が、原告の本件各農地に対する所有権を否認し、登記手続に協力しなかつたからといつて、賃借人の不信行為となるものではない。本件各賃借人は、昭和二十三年に本件各農地の売渡を受けた後、自己の所有地として耕作してきたところ、昭和三十一年五月になつて右売渡処分が取消されたことに疑問を持ち、自己の権利を守ろうとして、前記のように、所有権否認、登記不協力の態度に出たものである。本件各農地に対する農地買収が違法である旨の確定判決の既判力が、本他各賃借人に対し及ばない以上、同人等は原告に対し、法律上は当然に争い得るものであつて、原告としては道義上非難することはできても、これをもつて、本件各賃貸借を継続することができない程の不信行為であるということはできない。
(三) 本件各農地を農地以外のもにすることを相当とする事由はない。すなわち、
(1) 原告は、本件各農地について、農地法第七条の指定を得ているので、当然に農地法第二十条第二項第二号の要件を充足すると主張するのは誤りである。同法条の法意は、同法第六条において、小作地を一定面積以上所有することを厳格に制限している例外として、近く非農地化すべき客観的必然性を持ち乍ら、小作地として所有制限面積に算入することが、地主に対し酷でありかつ不合理であるとの配慮にもとづくものである。したがつて、農地法第七条の指定は、主として土地の客観的性状に着眼して決定されるのであつて、農地転用計画の具体性やその計画実現の確実性を要求していないし、指定後といえどもその賃借人において耕作を続け得るのである。これに対し農地法第二十条第二項第二号の場合には、賃貸借契約の解除等について、知事が許可し得る要件を厳格に規定したものであつて、その目的は耕作者の地位の安定と農業生産力の増進にあることはいうまでもない。したがつて、この場合には、賃借人の利益と農地の生産力を犠牲に供せざるを得ない程に、農地転用の実現が必要かつ緊急性を有する場合でなければならず、さらに、転用計画が具体的であり、その計画実現の確実性が要請されるわけである。
(2) 本件申請においては、本件各農地に対する何らの具体的転用計画がない。農地法第四条第五条により、知事が自作農地の転用許可を与える場合には、農地転用の緊急必要性と転用計画の具体的実現性を審査するため、事業計画、施設設計図、建築計画、資金計画、関係官庁の許可認可等の諸資料を提出させているのである。小作農地を転用する場合には、右のような要件の審査とそのための資料の提出のほかに、小作農の耕作権の保護上必要な審査をもあわせて行うわけである。本件申請においては、具体的な転用計画を示していないものであつて、本件各農地を農地以外のものにすることを相当とする場合ではないのである。
三、以上のとおり、本件不許可処分は適法でありかつ正当であるから、原告の本訴請求は失当である。
(証拠省略)
理由
一、原告が、その所有する本件各農地を、本件各賃借人に賃貸していること。原告が被告知事に対し、その主張の日時に本件申請をしたところ、被告知事において、昭和三十四年三月三十一日農地指令第十四号をもつて、本件不許可処分をし、その頃原告に通知したことは、当事者間に争いがない。
二、原告は、本件不許可処分には、理由の記載を欠く違法があると主張するので、この点について判断する。原告が、本件申請の事由として、本件各賃借人について不信行為があること、および本件各農地を農地以外のものにすることを相当とする事由があることを挙げ、その事由について具体的根拠を明示して、本件申請をしたのに対し、被告知事が、単に農地法第二十条第二項の各号に該当しないとの理由を附記して、本件不許可処分をしたことは当事者間に争いがない。
右事実によれば、被告知事の本件不許可処分には、一応抽象的な理由の記載があるものと認められる。しかし、これをもつて客観的にみて首肯するに足る具体的な理由の記載があるものということは困難である。しかしながら、例えば、訴願法第十四条、所得税法第四十五条第二項、法人税法第二十五条第九項、第三十四条第七項(いづれも現行法)のように、特に法令が理由の記載を要求している場合において、その記載を欠く行政処分は違法となることは明らかである。しかるに、農地法第二十条にもとづく知事の処分には理由の記載を要求している規定はないのである。したがつて、本件不許可処分について、具体的理由の記載がなかつたとしても、これをもつて、直ちに形式上の瑕疵あるものとして、これを取消さなければならないほどの違法があるということはできない。よつて、被告知事のした理由の追完が許されるかどうかについて判断するまでもなく、この点に関する原告の主張は理由がない。
三、次に、原告は、本件各賃借人について、不信行為があると主張するので、この点について判断する。
(一) 本件各賃借人の小作料延滞について
本件各農地について、原告主張のとおり、再度にわたつて、自創法による農地買収および売渡処分がなされ、その後、同処分の取消が行われたため、原告と本件各賃借人との間の賃貸借が復活したこと。原告が本件各賃借人に対し、延滞小作料を請求するため、それぞれ、原告主張の日時内容の本件催告をしたところ、その催告に応じて本件各賃借人が、原告主張の日時その主張の金額を支払つたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、甲第十一ないし十五号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、昭和三十一年五月二十日被告知事が本件各農地に対する買収および売渡処分を取消した後、原告は本件各賃借人に対し、前記買収期間中の小作料を請求したところ、同人等は原告の本件各農地に対する所有権したがつて賃貸人たる地位を争つて、右請求に対し小作料を支払わなかつたこと。そこでやむなく、原告は本件各賃借人(但し藤田良雄を除く。)を被告として、山口地方裁判所に本件各農地(但しD農地を除く。)所有権確認等の訴訟を提起し、昭和三十一年九月二十日原告勝訴の確定判決を得た上、本件各賃借人に対し、本件催告をしたこと。原告が本件催告において、本件各賃借人に対し請求した小作料は、その当時における小作料の最高統制額を基準とした小作料相当額であり、右請求の基準となつた反当り小作料年額について当事者間に協定ないし改訂の合意はなかつたこと。本件各農地が買収された昭和二十三年三月二日以前における、同農地に対する協定小作料は反当り年額玄米三俵であること。等の諸事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると右協定小作料は物納であるから、これを金納に換算すると(金納換算率玄米一石当り七十五円による。)、当時の小作料統制額は反当り年額九十円となり、本件各賃借人の昭和二十五年から昭和三十二年までの小作料総額は、別表第三(B)欄掲記の金額となる。しかるに、原告は本件催告において、同表(C)欄掲記の金額を請求しているのであるから、これは協定小作料から算出した統制額を著しく超過した過大な催告であることは明らかである。ところで、本件各農地が買収された昭和二十三年三月二日から同買収が取消された昭和三十一年五月二十日までの間において、その期間における本件各農地の小作料を改訂する機会は事実上なかつたのであるから、もし、右買収がなかつたと仮定すると、小作料統制額の改訂が行われる毎に、当然に右統制額に従つた改訂が当事者間に行われたものと推測することは、当事者の合理的な意思に合致するものであり、これを小作料相当額として、本件各賃借人に請求し得ることは、不当利得の法理にてらして疑いのないところである。しかしながら、小作料債務不履行にもとづく解除を行う前提たる催告は、あくまでも、協定小作料から算出した金額を請求すべきであつて、不当利得として小作料相当額の返還を合せて請求することは相当でないものと解すべきである。同様に、買収の取消された昭和三十一年五月二十日以降の小作料については、その後あらたな小作料の合意もないのであるから、小作料相当額を請求することが相当でないことはいうまでもない。したがつて、本件催告は前示のとおり著しく過大な催告であつて、相当でないから、本件各賃貸借の解除は、その効力を生じないものである。
(二) 本件各賃借人の登記手続不協力について、
被告知事が昭和三十一年五月二十日付本件各農地に対する自創法による農地買収および売渡処分を取消したため、本件各農地の所有権が原告に復帰したこと。原告が山口地方裁判所に本件各農地所有権確認ならびに農地所有権取得登記抹消請求訴訟を提起し、その勝訴確定判決を得て、右登記手続を行つたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第九ないし第十三号証に弁論の全趣旨を綜合すると、藤田良雄を除いたその余の本件各賃借人は、本件各農地に対する前記買収および売渡処分が、昭和三十一年三月一日に言渡された原被告間の山口地方裁判所昭和二十七年(行)第八号訴願裁決取消請求事件の原告勝訴判決にもとづいて昭和三十一年五月二十日農地第七百九十九号を以て被告知事により取消され、その所有権が原告に復帰したにも拘らずこれを否認し、原告への所有権移転登記申請手続に協力しなかつたため、原告はやむなく、藤田良雄を除いたその余の本件各賃借人を相手方として、前記訴訟を提起し、その確定判決にもとづいて登記手続を行つたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 前示(一)において認定したとおり、原告の本件解除は有効ではないが、前示(一)および(二)において認定した諸事実にもとづいて、本件各賃貸借関係を勘案すると、本件各賃借人について、次のような不信行為が認められる。そしてこれは、農地法第二十条第二項第一号にいう、賃借人が信義に反した行為をした場合にあたるものというべきである。
(1) 本件各賃借人は、昭和二十六年十月二日付買収処分の取消により、本件各賃貸借が復活したにも拘らず、昭和二十三年三月二日付買収以降右買収処分取消日たる昭和二十六年十月二日までの小作料あるいは小作料相当額の利得を支払いあるいは返還せず、同様に、昭和二十六年十一月一日付再度の買収以降その買収取消日たる昭和三十一年五月二十日までの小作料あるいは小作料相当額の利得を支払いあるいは返還せず、これらを昭和三十三年十二月頃まで放置し、原告の本件催告を受けて、漸くその一部を支払つていること。また、再度の買収が取消された昭和三十一年五月二十日以降昭和三十三年十二月までの二年間余の小作料を延滞し、その間において、適正な小作料の協定をしていないこと。尤も、本件各賃借人において、本件不許可処分当時においては、若干の小作料を残して、原告の請求額を支払つているのであるが、何らの正当な理由もなく、徒らに原告の所有権ないし賃貸人たる地位を抗争するのみで、小作料等の債務を履行できないような、特別の事情も認められないのであるから、これをもつて、延滞について宥恕すべき事由があつたということはできないものである。
(2) 本件各賃借人(但し登記不協力については藤田良雄を除く)は、前示買収および売渡処分が取消された後にも、原告の所有権したがつて賃貸人たる地位を認めず、原告の求める登記手続に協力しなかつたため、原告において訴訟を提起し、その確定判決にもとづいて、小作料の請求をなし、かつ、登記手続をするのを余儀なくさせたこと。尤も、本件各賃借人が、自創法にもとづいて売渡を受けた本件各農地を長年月自己の所有地と信じて耕作して来たのであるから、昭和三十一年頃になつて買収および売渡処分の取消されたことに疑問を持つたことは、一応は無理からぬことのようでもある。しかしながら、前示被告知事が昭和三十一年五月二十日農地第七百九十九号を以てした取消処分の基本となつた山口地方裁判所昭和二十七年(行)第八号事件(成立に争いない甲第九号証)は昭和二十七年から昭和三十一年迄同裁判所に繋属し、其の間三回も検証が行われた事実に鑑みると、本件賃借人は該訴訟事件の繋属を知つていたものと推認すべく、従つて、係争農地の所有権の帰趨について無関心たり得ないことは容易に察知出来る。しかのみならず行政処分の取消もまた一種の行政処分であるから、その関係行政庁および相手方その他の関係者を拘束し、行政処分が有効に存在する限り、これを無視することができない効力、すなわち、行政処分の拘束力があり、また、その行政処分に重大かつ明白な瑕疵があるため無効とならない限り、かりに違法な処分であつても、権限ある機関による取消のあるまで、その効力を否定できない効力、すなわち、行政処分の公定力を有するものであることは、明白であり当然のことである。そして、前示取消処分は、原被告間における確定判決にもとづいて、行われたものであり、何ら、重大かつ明白な瑕疵も見当らないのであるから、前示拘束力ないし公定力を有する行政処分というほかはない。したがつて、かりに前示取消処分に取消すべき瑕疵ありとして、この違法を抗争し、権利保護の目的を達する方法は、訴願および抗告訴訟の提起をもつて必要にして充分であり、その余の法律上の救済は与えられていないものというべきである。本件各賃借人の原告に対する、所有権否認および登記手続不協力の行為は許された法律上の救済手段を行使することもなく、何らの正当な理由もないのに拘らず、殊更に拒否的態度を改めずにいたものというべきであつて、かくの如きは賃貸借当事者間にあるべき信頼関係を破壊するものであつて、不信行為というほかはなく、これをもつて、止むを得ない自衛手段であるということはできないものである。
(四) 原告は本件申請において、先ず本件賃貸借の債務不履行にもとづく解除につき、農地法第二十条による許可を求めている。ところが、前示認定のとおり本件解除はその効力を生じないものであるが本件申請には、二次的に、本件各賃借人につき信義に反した行為があるとして、本件各賃貸借解約の申入をするについての許可を求める趣旨を含んでいることは、本件申請書(前顕甲第一号証の一ないし四)の記載に徴して明らかである。したがつて、被告知事は、たとえ、本件解除を無効であると認めた場合においても、なお解約の申入を許可するかどうかについて、審査し判断をしなければならないものである。
四、以上の次第であるから、被告知事が、本件各賃借人につき信義に反した行為があるにも拘らず、これがないものと認定して、原告の本件各賃貸借解約の申入に許可を与えなかつたのは違法であり、本件不許可処分は取消を免れない。
よつて、本件不許可処分の取消を求める原告の本訴請求は、その余の争点について判断をするまでもなく、正当であるから、これを認容することにし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十四条後段、第九十三条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 菅納新太郎 松本保三 安田実)
(別紙・別表省略)